お仁の一期一筆

第七十一筆「眼鏡会社の視援隊」

神奈川・座間市のアパートで切断九遺体といった背筋の凍るような事件もあったが、上野動物園でのパンダ誕生や一四歳棋士・藤井四段の二九連勝新記録、秋篠宮眞子さまの婚約内定、地質時代名に「チバニアン」命名などは今年の明るいニュースだった。

そんな中で一般的なニュースではないが先月一六日、第二四回読売国際協力賞を受賞した富士メガネ(本社・札幌市)の取り組みは、心温まる活動として強く印象に残っている。

詳しい活動内容は先月八日の読売新聞特別面に掲載されているが、同社は北海道内に五六店舗と東京都内などに一一店舗を持つ社員約五六〇人の眼鏡・販売、修理会社。昨年度の売上高は約八二億五〇〇〇円。社員の約半数は日本眼鏡技術者協会の認定眼鏡士の資格保持者という。

同社が創業四五周年の記念事業として海外の難民・国内避難民に〈見える喜び〉を贈る無償の視力支援活動を始めたのは一九八三年。これまでに寄贈した眼鏡総数は、タイ、イラク、アゼルバイジャンなど一〇か国で約二〇万組にのぼっている。

幕末に坂本龍馬が率いた〈海援隊〉を捩った社員ボランティア〈視援隊〉が難民キャンプを訪れ、視力を測りながら対象者に合う眼鏡を贈る。歓喜の涙を流す老婆や「まるで博士になったみたい」と目を輝かす子供たちの声が、視援隊の至福の瞬間という。

「眼鏡には人生を方向付ける力がある」と語る同社会長。社を挙げての〝真心活動〟に目が洗われた。来る年も、こうした物語を聞きたいと思う。

第七十二筆「惚れ惚れ人生」

六〇歳代後半で三%程度の有病率が、八〇歳代後半で四〇%程度、九五歳以上では八〇%程度になるという。国の研究班による認知症有病率の推計である。二〇二五年には七五歳以上の人が六五~七四歳の約一・五倍となり、高齢者の高齢化が加速する。認知症患者も翌二六年には高齢者の五人に一人、約七三〇万人に達するとの推計もある。

社会派作家有吉佐和子さんが『恍惚の人』を発表したのは一九七二年。つれあいを亡くし、認知症を発症した八四歳の舅の徘徊、便にまつわる人格欠損、子ども還り…。当時は痴呆症と呼ばれていた時代の作品である。「役立たず!」「家の恥!」などと罵られ、終日、暗い三畳間に閉じ込められていた近所のお婆さんの姿が作品とだぶり、いっき読みした記憶がある。四五年前のことだ。

そんな我も六〇歳代半ばを超えた。人の名字が思い出せず、当人を目の前にして「名前はなんだっけ」と聞き、相手が名字で答えると、「いや下の名前だよ」と、さりげなく名字を再確認する齢となった。自己診断は単なる物忘れで済ましているが、認知症は脳の神経細胞が加齢に伴って壊れていくことから発症する。他人ごとではない。何とか逃れたい。我の本音である。

京都大などの研究チームが最近、アルツハイマー型認知症の発症の原因物質を減らす薬の組み合わせを見つけたという新聞報道があった。朗報である。実用化を待ちたい。それまでは人に惚れ、地域に惚れ、学ぶことを怠らず、人のために献身する刺激的な<惚れ惚れ人生>を歩みたい思う。

読売新聞販売店一覧

スタッフ募集